NTT、サブテラヘルツ帯で毎秒2テラビット・100mの無線伝送に成功
NTTは、屋外環境で100mの距離において、毎秒2テラビット(2Tbit/s)という世界最高速の無線伝送に成功したと発表しました。この技術は、光ファイバーと同レベルの超大容量データを無線で送ることを可能にする革新的なものです。

NTTが開発したのは、「OAM-MIMO多重伝送方式」と、その長距離化に必要な新しい技術群です。この方式の大きな特徴は、データ処理の大部分をアナログ信号で行う点にあります。これにより、デジタル信号処理に比べて演算にかかる時間や消費電力を大幅に減らすことができます。
この技術は、AIデータセンターでの計算処理や、たくさんの機器が必要な移動通信システムの基地局ネットワークなど、データの遅れを少なくし、かつ電力もあまり使わないことが求められる場所で、無線ならではの柔軟性を活かした通信手段として役立つと期待されています。
今回の研究成果は、2026年9月に開催されるIEEEの国際会議「VTC-fall 2026」で発表されました。
研究の背景
近年、AI技術の進歩やIOWN/6G時代のモバイル通信の進化により、AIデータセンター内やネットワークでのデータ転送量は急激に増えています。この膨大なデータを支えるため、次世代の光通信技術への移行が急がれる一方で、工事や配線の制約を受けない「大容量無線通信技術」への関心も高まっています。
大容量の無線通信を実現するには、主に「広帯域化」「空間多重化」「高利得化」という3つの方法が考えられます。NTTはこれまで、まだあまり使われていないサブテラヘルツ帯(100~300GHzの周波数帯)を使って通信できる幅を広げたり、電波の軌道角運動量(OAM)という性質を使い、らせん状の電波でたくさんのデータを同時に送れる「OAM多重伝送技術」の研究を進めてきました。その結果、2023年にはサブテラヘルツ帯で毎秒1.4テラビット(1.4Tbit/s)の無線伝送に世界で初めて成功しています。

この画期的な空間多重技術を、AIデータセンターやビル間の接続、無線基地局ネットワークなど、実際のネットワークで使うためには、次世代の光通信規格と同じくらいの大容量と、実用的な距離での長距離化を両立させる必要がありました。
研究の成果
従来の空間多重技術(MIMO)では、電波の干渉を取り除くために多くのデジタル信号処理が必要でした。しかし、超広帯域の信号を扱うミリ波・サブテラヘルツ帯では、この処理がアンテナの数に比例して非常に重くなり、消費電力や処理の遅れが大きな問題でした。
この課題を解決するため、今回の研究では、信号処理をデジタルとアナログに効率よく分ける「ハイブリッド構成」を採用しました。これがNTT独自の「OAM-MIMO多重伝送方式」です。OAMモードはそれぞれ固有のらせん形状を持ち、アナログ技術を効率的に取り入れることができます。この方式では、空間多重処理の大部分(OAMモードの多重・分離)を「アナログ導波回路」で行い、「デジタル信号処理」は各OAMモード内の処理に限定します。

これにより、デジタル処理の負担を大幅に減らすことに成功しました。例えば、8つのアンテナ素子を使った場合、フルデジタル処理と比べてデジタル演算の負担を数百分の一にまで減らせます。
今回、この「OAM-MIMO多重伝送方式」をサブテラヘルツ帯で実用的な距離で実現するため、「Multi-UCA型Butler matrix導波回路技術」「イメージングリフレクタ技術」「軸ずれ補正技術」という3つの新しい技術を確立しました。これらの技術により、電波を使った無線通信で世界最高速となる毎秒2テラビット・100mの無線伝送実験に成功しました。
実験では、136.0~148.5GHzと151.5~164.0GHzの周波数帯を使用し、最大22の空間多重を実現しました。これは、8つのOAMモードを同時に使い、各モード内で伝送状況に応じて適切な多重数と電力配分を行い、さらに水平と垂直の2つの偏波を使い分けることで実現しています。

技術のポイント
① Multi-UCA型Butler matrix導波回路技術
この技術は、アナログ信号処理によってOAM-MIMO多重伝送方式のOAMモードの多重・分離を、電力を使わず、遅延もなく行うための重要な部分です。NTTがこれまで培ってきた導波路の設計技術を活かし、導波回路の立体配線や構造を小型化することで、複数のリング状アンテナ(Multi-UCA)を一体化した回路を実現しました。

これにより、回路規模が2倍になっても、回路サイズを約40%減らすことに成功しました。同時に、信号の干渉を非常に小さく抑え、回路での電力損失も平均2.2dB以下という高い性能を達成しています。
② イメージングリフレクタ技術
OAMを使った大容量無線伝送の距離を延ばすための重要な技術です。OAMの伝送距離は、アンテナの大きさを広げることで長くなります。しかし、回路と一体になったアンテナを単純に大きくすると、配線が長くなり、損失や誤差が増えてしまいます。
そこでこの技術では、「Multi-UCA型Butler matrix導波回路技術」で設計した小型のアンテナを一次放射源として使い、複数の反射鏡で「アンテナが拡大されたような像」を作る方法を採用しました。

OAM波の特性を保ちつつ、反射した電波が自分自身に遮られてしまう「自己遮蔽」を防ぐため、反射鏡の形状を工夫しました。これにより、OAM波の特性を損なうことなく、自己遮蔽を避けられる高利得アンテナを実現しています。この技術を使うことで、小型アンテナ部分は共通のまま、反射鏡を変えるだけで伝送距離を自由に調整できるようになりました。
③ 軸ずれ補正技術
OAM-MIMO多重伝送方式では、異なるOAMモードが互いに干渉しない性質を活かすため、送受信する2つのアンテナが正確に向き合っている必要があります。アンテナの向きがずれると、モード間の干渉が起こり、通信の品質が下がってしまいます。アンテナが大きくなり、伝送距離が長くなるほど、この影響は大きくなるため、非常に正確な軸合わせが求められます。

この技術では、モード間の干渉を考慮したSINR(信号対干渉雑音電力比)という数値に注目しました。軸が正確に合っている状態の近くで、モード間の干渉の状態が急激に変わる性質を利用し、アンテナが回転しながらSINRが最も高くなる点を探すことで、高精度な軸合わせを可能にしました。
さらに、OAM波特有の「軸ずれによるモード間干渉の状況」に関する知識に基づいて、探索する経路を絞り込むアルゴリズムを開発しました。送受信のアンテナが同じ方向や逆方向に協力して回転することで、最適な軸合わせの状態に素早く確実にたどり着けるようになりました。
今後の展開
今回の成果により、実用化が進む800G/1.6T級の次世代光通信規格に匹敵する大容量無線伝送技術が確立されました。
今後は、実際の環境での長期運用や、既存の無線システムへの組み込みを視野に入れながら、光ファイバーの敷設が難しい場所や、ケーブルなしで設置できる無線の「機動性」が最大限に活きる以下のようなケースでの活用を目指します。
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AIデータセンター内およびビル間の接続(分散コンピューティング環境の無線化)
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移動通信システムにおける基地局設備間の無線バックホール・フロントホール
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都市での大規模イベントや災害時に、一時的な中継回線を素早く設置
さらに、今回の技術を基盤として、現在の「1対1」の通信から、将来的には「多地点同時接続」が可能な無線伝送方式へと発展させ、毎秒10テラビット(10Tbit/s)級の大容量無線伝送技術の実現に向けて研究開発を進めていくとのことです。
論文情報
タイトル: Field Experiment of 2.04 Tbps Wireless Transmission over 100 m Using Orbital Angular Momentum Multiplexing in the Sub-THz Band
国際会議:VTC2026-Fall(2026 IEEE 104th Vehicular Technology Conference)
著者:Hirofumi Sasaki, Yasunori Yagi, Jun Mashino, Doohwan Lee
用語解説
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OAM(Orbital Angular Momentum: 軌道角運動量): 位相が進行方向に対してらせん状に回転する性質を持つ電磁波の物理量です。異なるモードのOAM波は互いに干渉しないため、複数のOAMモードを使って大容量のデータを同時に無線で送ることができます。
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空間多重伝送: 複数のデータを、空間的に独立した複数の電波を使い、同じ時間、同じ周波数帯で同時に送る方法です。
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MIMO(Multi-Input Multi-Output): 送信側と受信側の両方で複数のアンテナを使い、データを空間的に重ねて送受信する技術です。
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800G/1.6T光通信規格: 現在主流の通信速度(100G/400G)の次世代にあたる、毎秒800ギガビット(800Gbit/s)および1.6テラビット(1.6Tbit/s)の超大容量通信を実現する新しい標準規格です。
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高利得化: 特定の方向に電波を強く放射したり受信したりできるようにする技術です。これにより、受信する信号の電力が上がり、より多くの情報を送れるようになったり、伝送距離を延ばしたりすることができます。
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UCA(Uniform Circular Array): 複数のアンテナ素子を円形に等しい間隔で並べた円形アレーアンテナのことです。
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予等化/等化処理: 複数の電波を同時に送受信する通信で、混ざり合った信号を元の形に分離・復元する処理(等化)と、受信側で正しく復元できるように送信時にあらかじめ調整する処理(予等化)です。
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偏波多重: 空間多重の一種で、電波や光が振動する方向(偏波)が異なる波は互いに干渉しないという性質を利用し、同じ周波数で複数の信号を同時に送って通信容量を増やす技術です。
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SINR(信号対干渉雑音電力比): 受信したい信号の強さが、ノイズや他の信号による電波の干渉に対してどのくらいの割合かを示す数値です。この技術における干渉とは、OAMモード間の干渉を指します。

