AIは仕事を奪うのか?『予測コストの劇的低下』がもたらす人間と機械の新しい分業

AI(人工知能)が私たちの生活や仕事に深く関わるようになった今、「AIは人間の仕事を奪うのではないか」という不安を感じる人もいるかもしれません。株式会社property technologiesのPropTech-Labが公開した連載「住まいを選び直す自由 ー住宅流動性と人生設計の経済学ー」の第2回では、この問いに対し、経済学的な視点から「人間と機械の分業」という新しい考え方を提示しています。
ソローのパラドックスからAI時代へ
1987年、ノーベル経済学賞受賞者のロバート・ソローは、コンピュータ技術が急速に普及しているにもかかわらず、生産性の伸びが鈍化している現象を「ソローのパラドックス」と呼びました。そして現在、私たちは「AIは至るところに見られるが、生産性統計の中には見当たらない」という「AI版ソローのパラドックス」に直面しています。
しかし、過去の歴史が教えてくれるのは、時間が経てばパラドックスは解消されるという事実です。コンピュータと情報技術が社会に定着するまでには20年以上の時間を要しましたが、その後、米国の生産性は急上昇しました。このことから、AIについても同様に、社会に正しく組み込まれれば生産性は確実に上昇すると考えられます。ただし、そのためには制度や人材、組織、既存設備の変革が必要であり、これには時間がかかります。
AIとは何か:「予測コストの劇的低下」という定義
AIという言葉は頻繁に耳にしますが、その経済学的な本質は何でしょうか。トロント大学の研究者たちは、AIを「予測のコストを劇的に低下させる技術」と定義しています。

AIは、画像認識や文章生成、自動運転、医療診断支援など、あらゆる場面で「ある条件の下で何が起こるか」を確率的に推論する作業を、人間が行うよりも安価かつ大量に行うことを可能にします。
経済学の原理によれば、あるもののコストが下がると、その利用が増え、その「補完財」の価値は上がり、「代替財」の価値は下がります。予測の補完財は「判断」「データ」「行動」であり、代替財は「人間の予測労働」です。つまり、AI時代には、人間の予測労働の価値は下がり、判断する力、データを整える力、判断を実行に移す力は価値が上がると考えられます。
この考え方に基づくと、AIは人間を置き換えるのではなく、人間が担うべきタスクの内容を変えることになります。例えば、経理職員の仕事は計算予測から、社員とのコミュニケーションや倫理的な判断へと変化し、教師の仕事は知識伝達から、生徒一人ひとりに寄り添う力やクラス運営へと価値の中心が移るでしょう。
「47%が消える」という議論の誤解
2017年、オックスフォード大学の研究者が「米国の約47%の職業が自動化のリスクにさらされる」という衝撃的な論文を発表しました。この数字は世界中で報じられ、AIに対する社会的な不安を大きくしました。しかし、この推計に対しては多くの反論が提出されています。
ドイツの労働経済学者たちは、この研究が「職業全体が代替される」ことと「職業の中の特定タスクが代替される」ことを混同していると指摘しました。実際には、ほとんどの職業は複数のタスクで構成されており、AIが代替できるのはその一部に過ぎません。タスクごとに評価すると、自動化リスクが高い職業は約9%に下方修正されることが示されています。

この違いは重要です。AIは職業そのものを奪うのではなく、職業を構成するタスクを再編成すると考えられます。そして、この再編成の質が、社会全体の生産性を左右することになります。
PropTech-Labについて
『PropTech-Lab(プロップテック・ラボ)』は、不動産市場に新たな価値をもたらし、人々が住まいを選ぶ際の新しい基準や簡便さ、価値観を育み、提供することを目指しています。

市場のニーズに応え、価格高騰の悪循環を抑え、より多くの人々が質の高い住宅を手に入れられるよう努めています。
『PropTech-Lab』所長 清水 千弘氏

清水千弘氏は、一橋大学大学院ソーシャルデータサイエンス研究科教授、社会科学高等研究院都市空間不動産解析研究センター・センター長を務めています。1994年に東京工業大学大学院理工学研究科博士課程を中退し、東京大学で博士号(環境学)を取得。財団法人日本不動産研究所研究員、リクルート住宅総合研究所主任研究員、麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授などを歴任しました。
2022年1月より株式会社property technologiesグループに参画し、社外取締役を経て、2024年7月より同社の研究・開発組織『PropTech-Lab』所長に就任しました。
AIを社会に正しく組み込み、生産性を高めるためには、過去の歴史から学び、AI時代の「人間と機械の新しい分業ルール(予測・判断・責任の三層構造)」を理解することが重要です。
【続きはプロパティ・テクノロジーズ 公式サイトで読む 】
https://pptc.co.jp/column/20260710_1100/
【参考・引用文献】
-
Agrawal, A., Gans, J., & Goldfarb, A. (2018, updated 2022). Prediction Machines: The Simple Economics of Artificial Intelligence. Harvard Business Review Press.
-
Agrawal, A., Gans, J., & Goldfarb, A. (2022). Power and Prediction: The Disruptive Economics of Artificial Intelligence. Harvard Business Review Press.
-
Frey, C. B., & Osborne, M. A. (2017). The future of employment: How susceptible are jobs to computerisation? Technological Forecasting and Social Change, 114, 254–280.
-
Arntz, M., Gregory, T., & Zierahn, U. (2016). The risk of automation for jobs in OECD countries. OECD Social, Employment and Migration Working Papers, No. 189.


